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倉敷ホーリネスチャーチメンバー、t,m 兄の証です



 イエス・キリストを信じる前の私は,自分の感情を凍らせて,そのことが何事にも動じない強さであると考えて生きていました。それは,友人や仕事関係の人々から裏切られたり騙されたりしてつらい思いをすることが度々あり,つらいと感じる感情などなければ苦しむことはないと考えようになり,最終的に自分の感情を凍らせていたのでした。
その頃の私は,決して人を信用することなく,相手が苦しむようなことでも平気でできるような人間になっていました。仕事上でも非情に徹し,時に人からは血も涙もないと言われながらも,むしろその非情さを誇り,それなりの成果と評価を得ていました。また、欲しいと思ったものは何でも手に入れることができ,何でも自分の思うように事を運べているかのようでした。しかし,目に見える表面上の欲求は満たされていましたが,感情を凍らせているのですから何をしても感動がなくむなしい日々を過ごしていたのでした。

 そんな時,もう今から15年前になりますがクリスチャンであった家内と出会い,教会に通うようになりました。そして彼女から贈られた聖書を何気なく読むようになりました。初めは何気なく読み始めたものの、次第に聖書を読まずにはおれなくなっていました。聖書を読むと心のうちに平安があり,仕事から帰ると毎日むさぼるように聖書を読んでいました。感情を凍らせているはずなのに、聖書のみ言葉に心を揺り動かされ、なぜかとめどとなく涙が止まらない日々が続くようになったのでした。まるで、御言葉によって凍っていた心が解かされていくようでした。 そして、一つの御言葉が示されました。『神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛してくださった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠のいのちを得るためである。』(ヨハネ3:16)

 神様は私のようなその愛を受けるにふさわしくないものをも救うために、ひとり子イエス様を私の罪の身代わりとして与えてくださったことを知ったのでした。そして、私のようなもののためにイエス様が身代わりとなって十字架にかかって死んでくださったことに感謝するとともに、いままで自分のことしか考えずに多くの罪を犯してきたことを悔い改め、イエス・キリストを私の救い主として受け入れたのでした。
 しかし洗礼を受けるにあたっては、親戚から反対の声がありました。それは、私の家は近くの寺の檀家で、祖父は総代をしたこともあるほど寺とのつながりが深い上に、俗にいう本家であり、私は長男で仏壇と墓を守っていかなければならない立場にあったからでした。しかし父は私が洗礼を受けることを許してくれ、また私のために親戚に頭を下げてくれ、洗礼を受けることを許されたのでした。
わたしが洗礼を受けることができるように助けてくれた父も、ガンとの闘病生活の後、四年前に病床洗礼を受けイエス様のみもとへ旅立っていきました。その他にも洗礼を受けるまでに様々なことがありましたが、主はいつも御言葉を持って私を励ましてくださっていました。
『あなたの神、主なるわたしはあなたの右の手をとってあなたにいう、「恐れてはならない。わたしはあなたを助ける。」』(イザヤ41:13)
そうして,15年前のクリスマスイブに、ただイエス様の憐れみによって洗礼を受けることができたのでした。
その後私たち夫婦は、翌年のイースターに結婚し、すぐに新しい命が与えられましたが、更にその翌年の正月、長男雄太、次男翔太の双子の子供たちは早産により、この世でたった1時間という短い生涯を終え、イエス様のみもとへ旅立っていきました。このあまりにも突然の出来事に涙が枯れるまで泣きました。しかしこの時、神様に向かって「どうしてこのようなことになったのですか」ということができませんでした。
それは愛する子の死を通して、父なる神様が私を救うために、ひとり子イエス様をどれほどの思いを持って十字架におかけになったのか、そして、イエス様を私の罪の身代りとさせるという、そのあまりにも大きな犠牲を払って私を救ってくださった父なる神の愛の深さ・大きさを私自身の魂でわかったからでした。また、この時イエス様の幻を見たことを覚えています。ひとり部屋で泣き疲れていた私の前に、イエス様が涙を流されながら私をみつめておられたのでした。私はただ主よ、主よと泣くだけでした。
私の信じる神様は遠く天の上から私たちを見ておられるのではなく、いつも私たちと共にいてくださり、悲しみ、苦しみの時、共に涙を流してくださる、また慰め励ましてくださるお方であることがよくわかったのでした。このつらくて心が張り裂けそうな思いの中で、私の信仰がなくならないようにイエス様ご自身が私に会いにきてくださり、慰め、信仰を強めてくださったのだと思っています。この世的に見れば絶望的な状況の中でしたが、希望の光が私を照らしていたのでした。

 『神はいかなる患難の中にいる時でも私たちを慰めてくださり、また、私たち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにしてくださるのである。』(第二コリント1:4)
 そしてこの出来事を通して神様は、私たちと同じように子供をなくした人を慰めることができるように、私たちにこの道を通らされたと思わされています。生と死、この地上で起こるすべてのことが神様の御手の中にあるというのを確信すると共に、神様は全てのことを働かせて益とし、私にとって最善をなしてくださることを信じ、心から神様にお従いしていく決心をしたのでした。
 その後、神様は私たち夫婦を祝福してくださり、私たちの慰め・希望として三人の子供たちを与えてくださいました。現在、あの時の悲しみは完全に神様ご自身が癒してくださったのでした。むしろ、あの時のことをこうして証をするたびに思い出しますが、悲しみよりも、神様がどんなに大きな愛で私を愛してくださっているのかを示され,また、私のような救う価値のないものを救うためにイエス様が私の身代りとなってその尊い血潮を流してくださったことに胸がいっぱいになるのでした。

 今まで私は仕事の関係で津山、西大寺、倉敷、岡山とほぼ三年おきに転勤がありました。それまでは、教会の籍については転勤のつど移すことは考えていませんでしたが、祈りの中で、主が導かれる地にある教会で教会員となり、たとえ短い期間であってもその地の教会へ籍を移し、そこで仕えるように導かれたため、その都度転会をしてきました。しかし、子供の成長や母、祖父のこともあって、いままでの社宅暮らしから実家のあるこの倉敷の地へ定住する決断をし、生まれ育ち、またこれから残りの生涯を過ごすであろうこの地の最も近い教会であるこちらへ転入会をさせていただきました。まだまだ至らぬ未熟者ですが、山脇先生ご夫妻をはじめ皆様のご指導をいただきながら、この地上で残された生涯を通してイエス様を証し、神様の栄光のために用いていただきたいと願っています。
2010/10/10
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