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2005年12月4日 説教:荒井道夫牧師 教会のページへGO!
10:45「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」。
 
【聖書】マルコによる福音書10章35〜45節
【説教】「クリスマスの訳A」
1 マルコ 10:35 ゼベダイの子ヤコブとヨハネが進み出て、イエスに言った。「先生、お願いすることをかなえていただきたいのですが。」 2 マルコ 10:36 イエスが、「何をしてほしいのか」と言われると、 3 マルコ 10:37 二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」 4 マルコ 10:38 イエスは言われた。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか。」 5 マルコ 10:39 彼らが、「できます」と言うと、イエスは言われた。「確かに、あなたがたはわたしが飲む杯を飲み、わたしが受ける洗礼を受けることになる。 6 マルコ 10:40 しかし、わたしの右や左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、定められた人々に許されるのだ。」 7 マルコ 10:41 ほかの十人の者はこれを聞いて、ヤコブとヨハネのことで腹を立て始めた。 8 マルコ 10:42 そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。 9 マルコ 10:43 しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、 10 マルコ 10:44 いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。 11 マルコ 10:45 人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」
礼拝式次第(伝道礼拝)
新聖歌練習 10:20-10:50
礼拝時間 @09:00-10:00
A11:00-12:15
   
前奏  
頌栄 新聖歌60
使徒信条 新聖歌(p826)
主の祈り 新聖歌(p826)
開会祈祷  
賛美 新聖歌69
交読 新聖歌32(p854)
今月の賛美 新聖歌86
今週の聖句 マルコ10:45
聖書 マルコ10:35-45
説教 『クリスマスの訳A』
  荒井 道夫牧師
聖餐 新聖歌49
献金 新聖歌76
報告  
感謝祈祷  
頌栄 新聖歌63
祝祷  
後奏  
愛餐会 ※第一聖日に実施
メッセージ(要約)
主の御名を賛美します。

 アドベントの第2節に入りました。
この箇所から、主イエスがこの世に来てくださった目的を見てみましょう。結論から申しますと・・・
@仕えるために来られた
A多くの人を解放するために来られた
その事は45節に「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」と記されている通りです。
ヤコブとヨハネは自分の願望を主に望み、主は多くの民のためを思われています。また2人の弟子は結論を、主は至るプロセス(十字架)を言われているのです。残りの10名の弟子は2人の抜け駆けに怒りを現していますが、そこでなお主は、私が来たのは仕えるためだと諭されています。
私たちは弱い者です。知らず知らず自分を「神」、すなわち「△」(ピラミッド)の頂点に自分を置いてしまいがちです。そしてその頂点である人は、神をどこか都合の良い場所に置き、または完全に無視し、金や名誉、仕事を崇めてしまっています。なんと愚かな事でしょう。
それと逆に主は「▽」の頂点、すなわち真下で仕えてくださっているのです。主は私たちを支配してくださっています。支配とは仕える事(アンダースタンド)なのです。
主が私たちのためにしてくださった事、その尊い事に恐れ、感謝し互いに仕え合うべきです。
大きな困難が目の前に迫った時、私たちは「逃げる」か「脱出」するか選択します。この2つはまったく意味が違います。「逃げる」事は、あきらめる事、「脱出する」とは解放する、される事を意味します。そして主は私たちが脱出できるようにこの世に来てくださったのです。
滅びの道を進む私たちと神様との関係を治すために来られたのです。どうぞクリスマスを前に、もう一度神様との関係が修復されますよう心から祈り求めてみてください。

テケテケ
報告と消息
○13:30〜各例会
○14:30〜各部会
○19:00〜夕拝

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