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2004年12月5日 | 説教:荒井道夫師 教会のページへGO! |
【聖書】イザヤ 9章1〜7節 【説教】「メシアの預言A」 |
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9:1 しかし、苦しみにあった地にも、やみがなくなる。さきにはゼブルンの地、ナフタリの地にはずかしめを与えられたが、後には海に至る道、ヨルダンの向こうの地、異邦人のガリラヤに光栄を与えられる。9:2 暗やみの中に歩んでいた民は大いなる光を見た。暗黒の地に住んでいた人々の上に光が照った。9:3 あなたが国民を増し、その喜びを大きくされたので、彼らは刈入れ時に喜ぶように、獲物を分かつ時に楽しむように、あなたの前に喜んだ。9:4 これはあなたが彼らの負っているくびきと、その肩のつえと、しえたげる者のむちとを、ミデアンの日になされたように折られたからだ。9:5 すべて戦場で、歩兵のはいたくつと、血にまみれた衣とは、火の燃えくさとなって焼かれる。9:6 ひとりのみどりごがわれわれのために生れた、ひとりの男の子がわれわれに与えられた。まつりごとはその肩にあり、その名は、「霊妙なる議士、大能の神、とこしえの父、平和の君」ととなえられる。9:7 そのまつりごとと平和とは、増し加わって限りなく、ダビデの位に座して、その国を治め、今より後、とこしえに公平と正義とをもって/これを立て、これを保たれる。万軍の主の熱心がこれをなされるのである。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
メッセージ(要約) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
主の御名を賛美します。 アドベントの第二節を迎えました。 BC700年頃の出来事で、この頃人間の限界を悟った時期ではないかと伝えられています。この箇所より4つにわけて聖書を見て行くこととします。 @霊妙なる議士 すぐれている助言者(アドバイザー)で、王に助言する者の事を言っています。ダビデにはアフィトセルという助言者がいました。イザヤ40:11-15に「主はだれと相談して悟りを得たか。」と記されています。全能の神は当然誰にも相談されません。その神が主イエスをお送り下さったのです。 A大能の神 イザヤ42に優れた勇士の記載があります。ダビデには3勇士がありました。ペリシテとの戦でダビデの故郷が侵略され、フッと故郷の井戸で水を飲んだ時の事をその勇士に話すのです。勇士は敵陣に入り見事その井戸水を汲み帰りダビデに与えたのです。100%不可能な事と思えても大能の神には100%可能なのです。 Bとこしえの父 神様を父(アバ)を呼ばれたのはイエス様が初めてです。またイエス様は私を見たものは父を見たと言われます。これこそ父親像なのです。 C平和の君 主イエスは私達に平和をお与えになるため苦しめられ自らを捧げられました。ここでも預言が成就しています。 主イエスと交わる事により、将来の道が見えて来ます。万事を益としてくださる神ですから、ことごとく道が示されるのです。まず主の前にひざまずき全てをお委ねしてみてください。 テケテケ |
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